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ラフィネブラスバンド - 「木を見て森を見て…根気よくまた木を見る」の巻 Diff

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 僕なりにいつも素晴らしい音楽を目指しているが、なかなか満足のいく出来になったことはない(「いい感じ」まではいくのだが…)。そんな僕の言葉にあまり信憑性はないけれど、僕なりに普段心がけていることです。

 「木を見て森を見ず」という言葉は、事物の小さいことにこだわりすぎて、本質や全体をとらえられないことのたとえだそうな。演奏していても、意外とこれになっていることが多いと感じる。

 曲を仕上げていくうえで、最も大切だと思うのは「イメージ」することだと思っている。演奏会のホールでバッと演奏したとき、指揮者や奏者がイメージしているようなものが、観客にはそうしたイメージがそれとなく伝わると思う(バラバラならバラバラだと伝わる)。自分が観客として聴くときは、「どんな演奏を聴かせてくれるのか?」楽しみにするが、期待している部分は曲の出来とかではなく、聴いたらどんな気持ちにさせてくれるの!?ということだ。

 だから、演奏する側としては、イメージをもって演奏しなければ「素敵な演奏」にはたどり着けないと思う。間違えずに吹けても「素敵な演奏」ではないことも当然あるし、逆もある。知らないうちに無意識的にイメージできている場合もあるし、マニュアルがあるというものでもない。そもそもマニュアルどおりの演奏や表現なんてそれほど魅力はないと思うが…(ある程度の独自性や意外性がないとつまらないと思う。指示通りにしか表現しない人も結構いる!)。無意識的にできているとしても、話をして(飲みながらでも結構!)意識を合わせるということはより良いことだと思う。

 もちろんこれは、ある程度の演奏ができる人がさらに良い演奏を目指すためのことで、まずは「普通に」演奏できることは大切だと思っている(音や音の長さを間違えないとか、スタッカートかスラーを記譜どおりに吹けるということ。これは意外と難しいんだヨ!)。まずは作曲者の意図を感じるのだ!

 例えば、「録音する」ことは効果的な練習のひとつだと思う。自分の演奏を聴いてみると、音程が悪かったり、表現が単調で幼稚だったり、テンポが統一されていなかったり…と、できていると思ったことが案外だったりする。実際の演奏がイメージどおりに演奏できているのかチェックするということである。これは、主観的な立場ではあっても「客観的な観点を忘れてはならない」という意味も込められているので、ぜひ実践したい方法だ!

 観客に素敵な印象を与えたい!と考え、曲の構成を分析したり、曲のイメージを少しずつ創りあげながら、そのために、細部の、例えばこのフレーズはこういう表現をしようとか、ここはガンガン吹きたいけど全体としては強くやらないほうがいい部分かな…などなど、細部の工夫をしていく。それを実行(合奏や録音など)してチェックをし、全体的に見てこの表現は良いとか良くないとかを考え、また細部ごとに工夫をしていく…の地道な繰り返しなのではないだろうか。

 家を建てるような感じ…かなあ。見た感じの素敵な印象と、それを構成する内部のひとつひとつの充実したパーツ。見た目、内部の仕様や工夫、雰囲気、構成の明確さなどなど…。そう考えると、設計段階で全部できてないといけないなんて、設計士さんとかはスゴイな〜。出来上がりのイメージ力と、それを実行する技術力があるってことか。経験もだいぶ必要やな。でもそれだって、パッとできるわけではなく、僕が言ったように試行錯誤を繰り返しているハズだ。音楽でも何度も稽古してやり直して作り上げていくからね。どんな分野でもある程度は共通して言えることかもしれないね。そして、苦労や費やした時間などを全てひっくるめて楽しいのだと思う。その経験は演奏にも現れるし、失敗したとしても今後の血や肉ともなる。それから、音楽はその実践もまた楽しい(音楽は、本番で披露するという「仕上げ」がある!)。ドラマや小説のように「起承転結」的な筋書きがあってドラマティックな演奏に仕上がると、その演奏している時間というのは最高だな〜。

 僕らは約30人のブラスバンドで、サッと見てバッとインスピレーションが働いてできる人もいれば、自分なりに練習して噛み砕いていって、徐々にできるようになる人もいる。好き勝手にやって、なんとなくいい感じの音楽を作り上げる集団(アマチュアのなかで)よりは、意識を通い合わせてイメージや奏法を少しでも揃えていくことは大切だ(よりよい表現が可能になる)。ウチのバンドでは、前にやった曲を再び取り上げたときの出来が良いことがわかってきた。有名な曲は一般の人でもある程度のイメージができているように、経験のある曲はイメージ作りしやすいのかなと思う(ここの森は一回経験しているぞという心強い気持ちもある)。

 そんなわけで、単にあらあらとイメージするだけではなく、全体的な視点で見てどうか→それを構成する細部を工夫→全体的な→細部を…と、これは地道な繰り返し作業ではあるが、良いものをつくり上げるうえで大切なことではないか。端正に仕上げていくのだ。どんな部類の芸術家でも、最終的なチェックは何度も入念にするものだ。上手な人は、音を出す前にイメージできているし、チェックにしても目の付け所がよく、的確で素早く確実に調整してくる。あらゆる面で精度が高いと思わされる(それを実行する技術があることは言うまでもない)。

 僕が盛んに言っている「豪快かつ繊細に」というモットーには、このような意味も込められているのだ。最初はおおまかにバーッとやってみて、最後は地道に根気よく、繊細な仕上がりを目指そう!ということなのだ!